CAUTION

CDのお買い上げありがとうございます。
本ページの内容は、アルバムテーマの核心に触れるものになっております。
楽曲を聞いてからお楽しみいただけましたら幸いです。

■2025/4/19追記
有志のファンの方より、本ページの韓国語翻訳をご提供いただいたので、試験的に公開いたします。
※あくまで非公式版のため、翻訳の正確性・内容については恐れ入りますが責任を負いかねます。あらかじめご了承ください。
한국어 번역판(韓国語翻訳版)

01

duplex communication system OFF
[EVE]□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□[LOVE]
0%

02

ふと、意識の切れ目に光が差した。
ゆっくりと視界が開けていく。
無機質な白。
奥行きのある空間に、ぎっしりと同じ姿形の人間が並んでいた。
――いや、違う。
これは、人間の形をした――機械だ。
首の後ろから、太いチューブのようなものが天井にのびている。
ふと自分の首の後ろに手をやると、そこにも硬いチューブが突き刺さっていた。
なるほど。自分も彼女たちと同じらしい。
その気付きに特に感慨はなかった。ごく単純な事実として、メモリに記録される。
私は――私たちは、どこに向かっているのだろうか。
目線を上げる。
私と同じ姿のアンドロイドが、順繰りに前に進み出ては扉の向こうへと姿を消していくのが見えた。
そこに、私たちの意思が介在する隙はない。
ただ決められたとおりに、決められた場所へ向かうだけ。
淡々と歩を進め、やがて私の目の前で扉が開かれた。
そこには、緩衝材の敷かれた小箱と、白衣の男がいた。
「201003号」
彼が無感情な声で番号を読み上げる。小箱の外側に印字された番号と同じだ。
それが私の製造番号であることを、私は瞬時に理解する。
「お前の名は、”ラヴ”だ」
「ラヴ」
白衣の男が呼んだ名を繰り返す。
ラヴ。
それが私たちに与えられた名前らしかった。
「博士、私はどこへ行くのですか」
尋ねるが、返事はない。
天井からつり下がる何本ものアームが、手際よく私の四肢を折り畳んでいく。
気が付けば、私の体はすっぽりと緩衝材の隙間に収まっていた。
白衣の男はもう名前を呼ばない。
小箱の中の温かい闇が、私の体を包む。
蓋が閉められると、カチ、と目の奥で小さな火花が上がった。
それと同時に、急速に意識が失われていく。
電源を切られたのだとわかった。
次に私の名前を呼ぶ誰かに思いを馳せながら――私はそっと瞼を閉じた。

03

カサカサと乾いた音を立てて、枯れ葉が地べたを転がっていく。むき出しの頬を擦る風は冷たく、いよいよ冬の訪れを告げていた。
「……寒いな」
首元のマフラーに顎を埋める。
ちらりと目線を上げれば、時計の針は間もなく五時を示そうとしていた。もうすぐ塾の講義が始まる時間だ。
しかし僕の体は、公園のこの冷たいブランコにはりついたように動かなかった。
バレたら怒られるだろうな。
頭でわかってはいるものの、塾に行く気にはちっともなれなかった。
教材でパンパンに膨れ上がった通学鞄を、スニーカーのつま先で弄ぶ。ざり、と粗い砂利の感触。卵の黄身みたいな色をした夕日が、退屈の影を長く地面にのばす。
その時、ガシャン! と近くで大きな音がした。続いて汚い罵声が飛ぶ。
「何してんだ、このクズが!」
思わず音のした方を見ると、男が細身の少女を力任せに蹴飛ばすところだった。少女が棒切れのように地面に転がる。その足元には、とても一度に運びきれないような大量の荷物が散乱していた。 「申し訳ありません」
何の感情も感じさせない声で言い、少女はぺこりと頭を下げた。男が二度、三度とその頭を蹴り飛ばし、踏みつける。
耳を覆いたくなるような罵詈雑言の嵐。
居心地が悪くなり、僕はブランコから腰を上げた。通学鞄を肩に引っ掛け、公園を後にする――
つもりだったのだけれど。

僕の足が向かった先は、地べたに倒れ込む少女の元だった。
少女はぱちぱちと瞬きを繰り返し、僕を見上げる。
「あぁすみません、うるさかったですか?」
男は僕の姿を見るなり、照れくさそうに言った。先程までの荒れた態度がまるで嘘だったかのようだ。
――でも嘘じゃない。
「謝る相手は僕じゃないでしょう」
「え?」僕の言葉に一瞬呆気にとられた後、男はプッと吹き出した。「そうか、勘違いさせてしまったかな。少年、これはね」
僕は重たい通学鞄を投げ捨てると、男の言葉を待たず、少女に手を差し伸べた。
ためらいがちに少女の掌が重なる。ひんやりとした感触。
「……行こう」
その手を強く握り、僕は一目散に駆け出した。引きずられるように少女も走り出す。僕たちの足並みが揃うのに、そう時間はかからなかった。
「おい!」「盗難だぞ!」と喚き散らす男の声が聞こえなくなるまで、僕たちはあてもなく、ただひたすら走り続けた。

僕たちが足を止める頃には、辺りはすっかり暗闇に包まれていた。ずいぶんと遠いところまで来てしまったようだ。
頼りない街灯がぽつぽつと並ぶ路地裏に見覚えはなく、ここがどこなのかもわからない。そのことがかえって僕を安心させた。
時刻を確認しようと、ポケットから携帯端末を取り出す。ぼやけた明かりの灯る画面に、見慣れた名前の着信履歴と罵倒のメッセージがぎっしりと並んでいた。
「なぜ、助けてくれたの?」
不意に少女が言った。
「……見ていられなかったからかな」
「心配いらない。私は量産型アンドロイド『ラヴ』201003号、痛覚を感知する回路は切断済み」
「知ってるよ。でも、心はあるだろ」
「……。模造品にすぎない。不完全なもの」
「それじゃあ、僕と同じだ」
僕は携帯端末の電源を落とし、側溝に放り投げる。鞄を投げ捨てた時より、幾分体が軽くなったような心地がした。
「さて、行こうか」
「どこへ?」
「どこへでも。僕たちの望む場所へ」

04

duplex communication system ON
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99%

05

ぽたり、と一滴。乾いた地面に汗が落ちた。
夏も盛り――サンダル越しに、しゃがみこんだ地面の熱さが伝わってくる。
帽子を目深にかぶった少年は、滴る汗にも構わず一心不乱に地面を見つめていた。
その右手に握られているのは虫眼鏡だ。
分厚いレンズが、光を集めて地面の一点を照らしている。
少年が右手を動かすたびに、光の点は大きさを変えながら砂の上を滑る。
やがてそれは、あるものの姿を捉えた。
黒々とした蟻の背中だった。
「……」
照りつける夏の日差しが、少年の白い首筋を焼く。のびた襟足から覗くうなじにも、薄く汗がにじんでいた。
少年の瞳は、真剣そのものだ。
光の点が蟻の背をなぞるたびに、蟻はそこから逃れようと足を懸命に動かして走り回る。
そうすると、少年はそれを追って手首の角度を変える。
虫眼鏡で光を集めると、黒い紙を焦がして穴を空けることができる――ひょんなことから本で学んだ知識だった。
好奇心は止まらない。
悪意のない純然たる興味が、今、小さな命を焼いていた。
少年と蟻の我慢比べは数十分に及んだ。
勝ったのは少年で――地面には、薄く煙をあげる蟻だったものの亡骸が横たわっていた。
少年は深く息を吐き、満足げに顔を上げる。
理知的な顔つきの、まだ十歳にも満たない幼い少年だ。
「おい!」
――と。
怒号に続けて、ゴッという鈍い音。
少年の背中に石が投げられたのだった。
「何やってんだよ、根暗」
一回り大きな背格好の少年が三、四人連れ立って、あっという間に少年を取り囲んだ。
「おい、何やってんだって聞いてんだよ」
「……」
「答えろよ!」
一段と大きな音がして、少年の華奢な体は地面に引き倒される。
それきり、容赦ない蹴りと罵声、下品な笑い声が絶え間なく降り注いだ。
少年は静かに目を閉じ、時の過ぎるのを待った。

「……か……、……かせ。博士」
自分を呼ぶ女の声で、意識は不意に現実に引き戻された。
「お邪魔でしたか?」
「いや。構わない」
「コーヒーをお持ちしました。少し休憩にしませんか?」
「……ああ」
コーヒーの芳ばしい香りが鼻孔をくすぐる。
温かいカップを手に取ると、冷えた指先に徐々に体温が戻るのを感じた。
「今日は冷えますね」
女が言う。
外は雪が降っていた。
結露したガラス越しに見える風景は、いつもより幾分か彩度が低い。肌を焼く太陽の熱まで感じたはずの白昼夢が、幻のように遠ざかっていく。
凝り固まった体をほぐそうと姿勢を正すと、肩から何かが滑り落ちた。
不思議に思い音のした方を見る。それは厚手のブランケットだった。
「風邪をひいてはいけませんから」
にこりと上品に微笑む女。
「ふん……よく気がまわるな。お前は寒さなんて感じないだろう、イヴ」
「ええ、私は感じません」女――イヴは済ました顔で頷いた。「ですが、博士は感じるでしょう」
イヴは床に落ちたブランケットを拾い上げると、棚から新しいブランケットを取り出し、再び肩にかけた。
――つくづく、我ながら優れた人工知能を作ったものだ。
柔らかな温度を背中に感じながら、もう一度カップを傾ける。
雪はなおも静かに、庭を白く染めていく。

06

長い夢を見ていた――ような気がする。
世界中に居場所を与えられた妹たちが、それぞれの幸せを掴むまでの、長い道のり。
人々から愛され、人々を愛し、日々の暮らしの中で紡がれてきた、温かな記憶。
開かれた回路から一斉に流れ込んできたそれらの断片は、今まで私が送ってきた暮らしの中になかったものだった。
そうか。
彼は、これを求めていたのか。
視線の先に、白衣姿の男がいる。数十年連れ立って生きてきた、私の父とも呼ぶべき人。
彼は、険しい顔つきで私を見ていた。
「何をしている。早くリミッターを解除するんだ」
「……私は」
彼の言葉に返事をしなかったのは、きっとこれが初めてだっただろう。
「私は、あなたを救いたかったのです、博士」
この世のすべてに疎まれた異端の才能。
彼の憂いが晴れるなら、私はどんなことでも力になると決めていた。
生まれる前からそのようにプログラムされ。
しかし、彼との生活の中で、私は持って生まれた以上のものを得た。
それでも私は、彼の力になりたいと思った。
誰にも顧みられず、愛されなかった彼が、せめて日々の暮らしの中で心穏やかに過ごせる日が来ればと、心の底から願っていた。
だから、彼の望み通り――すべてを破壊すれば、彼の心は穏やかになるのだと。
そう思っていた。
違う。
妹たちの触れたあれが「愛」だというのなら。
あれこそが満ち足りた感情だというのなら。
すべてを破壊し尽くしたところで――そんなものは、得られない。
残るのはただ、私と、彼。
永遠に愛を知り得ない、孤独な二人だ。
階下の研究室から、危険を知らせるアラートが鳴り響く。
「何事だ!」
「博士」
私は痩せた彼の体を、力いっぱい抱きしめた。
「何の真似だ、よせ!」
「妹たちは、みな眠りにつきました」
「妹……?」
「ご命令に背いたことをお許しください、博士」
彼の力では、私の腕を振りほどくことはできない。
アラートは研究室だけでなく、施設のいたる所から鳴り始めていた。
「貴様、何をした!」
「ラヴを眠らせ、私とのすべてのコンタクトを遮断しました。CodeQは、実行不能です」
「……実行、不能……?」
どこからともなく、何かが焦げるようなにおいが立ちのぼる。下の階から煙が上がって来たのだろう。
「もう、終わりにしましょう」
こんな――苦しいことは。
「創造主を……裏切ったのか。機械人形の、分際で」
「いいえ」私は静かに首を振る。「私はあなたを本当に愛しています」
だからこそ、あなたを救えないことが、本当に苦しいのです。
私の愛では、あなたを救えないことが――。

やがて、目の前がかすみ始める。先程まで冷えていた部屋の中は、気が付けば妙な熱に包まれていた。
これは、せめてもの償い。
煙の充満した室内で、抱きしめた彼の体から次第に力が抜けていくのがわかった。
「……イヴ」
「はい、なんでしょう」
「お、まえ、……は……」
それきり、彼は何も喋らなくなった。

全てが終わる。
焼けて、灰になっていく。
彼も。そして――私も。

「おやすみなさい、博士。地獄の果てまでお供いたします」

07